恬憺虚無

東洋医学的日々雑感27 『論語』について最近考えてみたこと(5)

この不評シリーズも、今回がついに最終回です(笑)

今回は東洋医学における臨床と古典との関係について、いろいろと考えてみました。
両方やるというより、臨床(治療)をやりながら古典を読むとメチャクチャ楽しいですよ、というお話です。
最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!
 
 

2-2.古典の記述と臨床


・古典を学ばないとわからないこと

前回に書いたような意味で、
やはり原文を読まないとわからないことがいろいろとあります。
 
ちょっと専門的になりますが、例えば『難経』(約二千年前に書かれた鍼灸の古典)という書物にこんな文章があります。
 
肝脈を得れば、その外証 善く潔し、面青くして善く怒る
肝の脈があらわれると、その外側に表れてくる兆候としてはよく潔となり、顔面は青く、しばしば怒る
 
これを現代語訳で「潔(キヨ)きを善(コノ)み」と読み、「清潔好き」と訳している本があります。
肝の脈があらわれている人は清潔好きって、なんだか面白なぁって思いませんか?
肝という臓は気の流れと関係が深くて、ストレスの影響を受けやすい臓といわれるから、そういう人って几帳面で清潔好きなのかな、なんて納得してみたりして…。
 
ところが『玉篇』という古代の辞書には「潔、俗絜字」(潔は絜の俗字である)とあり、李今庸という古典に造詣の深い中国の湖北中医薬大学教授は、この「潔」は「瘈」という字のことで(似てるでしょ)、つまり瘈瘲(ケイショウ)という病のことだとしています。
 
瘈瘲とは、外感熱病、癲癇、破傷風などの病証にみられる、筋肉が引き攣るような症状を指します。
そう考えると、筋肉とか引きつれなどと関係の深い肝の病としては、かなり納得できます。
 
 
もちろん、どちらが正しいとするかはそのひとの解釈次第です。
なにが正解なのかは誰にもわからないんですから。
だって数千年前に書いた人に「どっちが正解ですか?」なんて聞けないわけですもんね。
そもそも書いた人が誰かも分かっていないわけで…。
 
けれど、それを頭の中だけでネチネチ考えるのではなく、
自分の治療経験のなかでジックリと検証して納得するのが、これまた楽しいんですよ。
基本的にこれらの古典は、ひとのカラダを治療するを前提に書かれているわけですから。
そんな古典の読み方もあるってことを知って欲しかったんです。
 
どうです? 
読んでみたくなりませんか?
他人が訳した本をただ鵜吞みにするよりも、自分でなんとかして読んでみたくなりますよね!
 
そうそう、ついでに先ほどの続きの部分も解説しておきますね。
肝を病むと、顔が青みを帯びてきて、よく怒るようになるんです。
これは現代の鍼灸においても同じことをいいます。
よーく他人の顔を観てみると、なんとなく青っぽい顔のひとや何となく黄色っぽいひとがいるもんです(笑)
 
 

・これからすべきことを考える

ということで、突然ですが今回の内容をまとめてみます(笑)
 
『論語』の、例の最初(第1回はこちら)に挙げた学而篇の文章に即して、東洋医学のことを考えてみます。
 そうです、こちらの文章です。
 
子の曰く、学びて時にこれを習う、亦た説ばしからずや。
朋あり、遠方より来たる、亦た楽しからずや。
人知らずして慍まず、亦た君子ならずや。
 
前に書いた私なりの噛み砕いた解釈を再掲しておきます。
 
学んだことがある程度時間がたったときに、しっかり身についていたんだと気づいたときは嬉しい。
ちょうど、古い友人が久しぶりに訪ねて来てくれたときみたいな感じだ。
もちろん、こういった楽しみを知らない人たちもいるけれど、
そんな人に対してイライラしたりはしない。そうなれれば立派だよね。
 
 
東洋医学において、学ぶとは、『黄帝内経』をはじめとする古典をジックリと読んで、この医学を臨床的に正しく習得すること。
習うとは、その古典のほんとうの意味を考えながら患者さんを治療することで、学びを自分のものにし、身につけること。
このどちらを欠いてもいけないということですね。
 
そして学んで身についたことが、
「旧友が突然、遠くから訪ねてきてくれたようで、楽しくて、嬉しくてたまらない感じになる」
のを是非とも実感しましょう!
その楽しみを他の人が知らないからって、それをどうこう思ったり言ったりしないというのも当然のこと。
 と、こういうことになります。
 
「一所懸命にひとを治療をして、良くなってもらうことが楽しい」って、とってもいいことですよね。
そんな治療家に、わたしはなりたいと常々考えています!
 
・付録
蛇足ながら最後に、論語からでた有名な四字熟語を紹介しておきます。
意味、知ってますか?
・温故知新 ・怪力乱神 ・過猶不及 ・侃侃諤諤 ・巧言令色 ・剛毅朴訥 ・切磋琢磨 ・戦々恐々 ・暴虎馮河
 
 

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東洋医学では病気の原因をどう考えるのか?(11)

「東洋医学では病気の原因をどう考えるのか」の11回目になります。
前回は、房事過多について説明しました。
東洋医学では性生活に節制がないことを病気の原因のひとつにあげていたんでしたね。
今回は内因の最後で、感情のバランスの崩れが病につながるというお話です。
 
    目次
内因:生活要因や精神的要因などが病気の原因となる場合
 A. 飲食不節:不適切な食事や飲水
 B. 労逸:労倦と安逸のこと
 C. 房事過多:性生活に節制がない
 D. 七情の失調:突然・強い・長期の精神的な刺激
 
 

D. 七情の失調


1)七情とは?

七情とは怒・喜・思・憂・悲・恐・驚のことでした。
以前にちょっと紹介したことがあります。
この7種類の感情自体は、普通に起こり得るものですね。
ちょっと怒ったり、悲しんだり、驚いたり、普段の生活でよくあることです。
 
失調とはこれらの感情に関して、通常のバランスを失うことを意味しています。
 
 

2)七情の失調のパターン1

例えば、突然にこれらのうちのどれかの感情が強烈に出現することがあります。
悲しくて何もできないなんてこと、誰にでも経験がありますよね。
それを失調と言います。
東洋医学では、そんなことが病気の原因になるんだと言っているんです。
 
 
そもそも東洋医学ではココロとカラダはひとつだと考えるんでしたね。
つまりココロの状態が悪くなると、それがカラダに影響しちゃうということです。
でも、それって何となく感覚的にはわかりますよね。
 
歴史上の人物について調べていたりすると、よく「憤死」というのがでてきます。
あれって、憤りという感情が強烈すぎて、それがもとで死んでしまうということです。
こういうことって結構、昔からよくあることだったんですね。
 
 

3)七情の失調のパターン2

それ以外の失調のパターンとしては、長期間にわたって特定の感情が続くっていう状態です。
例えば、ずーっとイライラして怒っていたり、ずーっとクヨクヨと悩んでいたりということ。
普通、そんなに長く怒っていたり、悩んでいたりはできませんね。
ですからこれも、病気の原因になるんです。
 
そういう感情の失調がどんなふうに病気になるのかというと、
まず臓腑や気血の働きがうまくいかなくなって、
次いでそれが原因で病を発生させるという流れになります。
 
感情によって、例えば気がどうなるかは違うんだと言っています。
例えば、怒ると気が上がるし、喜ぶと気が緩み、驚くと気が乱れるなどと『素問』挙痛論に書かれています。
 
さらに、感情ごとに傷つける臓腑が違うとも言っています。
例えば怒ると肝を傷つけ、喜ぶと心を傷つけ、悲しむと肺を傷つけるという具合です。
結構きめ細かく表現されていて、楽しいです。
  

 

4)七情が失調しないために?

ではそういう病にならないようにするにはどうしたらいいかというと、
これに対しても東洋医学の古典がキチンと応えてくれています。
 
 
『素問』第一篇の上古天真論に「恬憺虚無」(てんたんきょむ)でいると病にならないって書いてあります。
「恬」も「憺」も安らかという意味で、「虚無」はこだわりがないということです。
 
つまり、心を安らかにして、ものごとに対してこだわりなくいられれば
病になんかなりようがないというわけです。
 
なかなか実践しようとすると難しいですけど、そんな境地になりたいものですね。
 
 

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東洋医学的日々雑感26 「神秘の巨大ネットワーク」を観て、東洋医学の面白さを再認識した話

NHKスペシャルで「シリーズ人体 神秘の巨大ネットワーク」というシリーズが始まりました。
すでにプロローグ、第1、2集の3回が終了しています。
その第1集のタイトルは「”腎臓”が寿命を決める」(2017/10/1放送)。
肝腎要(肝心要とする説もあり)の腎の話ですね。
 
観てみると、その内容は「東洋医学ってやっぱりすごいんじゃない?」と思わせるようなものでした。
もちろん制作者の意図とは少し違うのかもしれませんが、この番組を観て感じたり調べたりしたことをまとめてみることにしました。
ある意味、私の忘備録のような感じですので、興味のある方のみお付き合いください。
今回はかなり長いです(笑)
 

1.内容の紹介


まずは放送を観ていない方のために、簡単に内容を紹介しておきましょう。
じつは私も放送を見逃してしまって、先日オンデマンドで観ました(笑)

・高地トレーニングで鍛えているものは?

腎臓というと泌尿器系の器官のひとつで、血液をろ過し、尿を作るという認識が一般的です。
ところが腎臓は、ひとの寿命をも左右する人体の隠れた要であることがわかってきました。
腎臓は体中に情報を発信しながら、さまざまな臓器の働きをコントロールしているんです。
 
 
例えば、運動選手が持久力を鍛えるためにする高地トレーニング。
これによって鍛えられるのは、じつは腎臓なんです。
 
高地でカラダに酸素が足りなくなると、それを腎臓が察知してEPO(エポ:正式名称エリスロポエチン)という物質を出します。
この物質、「酸素が足りない」という腎臓からのメッセージを全身に伝えるいわゆる“メッセージ物質”です。
EPOが放出されると、血液の流れに乗って全身に広がり、にまで届けられます。
 
骨の中にある骨髄では、酸素を運ぶ赤血球がつくられていますから、EPOのメッセージが届くと赤血球が増産され、効率よくカラダ中に酸素を運べるようになるというわけです。
 

・腎臓は人体ネットワークの要?!

腎臓が出す“メッセージ物質”は他にもあります。
じつは腎臓は様々な“メッセージ物質”を放出することで、全身のいろいろな臓器と情報交換を行っていることもわかってきています。
 
その代表例としては、薬を飲んでも効果がまったくみられない重症の高血圧症の治療です。
高血圧とは無関係にみえる腎臓を手術することで、血圧が正常範囲まで下がるんです。
その理由は、腎臓が血液をろ過して尿をつくる際に、同時に血液の成分調整が行われていたから。
 
腎臓の本当の役割は尿をつくることではなくて、さまざまな臓器から情報を受け取って、血液成分を適正な状態にコントロールする「血液の管理者」だったんです。
これぞまさに「人体ネットワーク」の要ともいうべき存在ですね。
 
ですから、腎臓が異常をきたすとそれが他の臓器に悪影響をもたらすし、逆に他の臓器で異常が起こるとその影響が腎臓に及びます。
そういう意味で腎臓と関連性があるとされる臓器は、心臓、肝臓、肺、脳、腸、骨など多岐に亘っています。 
 

・長寿を決める物質って?

話は変わりますが、いろいろ動物の寿命について、一般的には体が大きい動物ほど長生きだと言われていますよね。
ところが、体が小さいのに長生きする動物もいるんです。
その代表がハダカデバネズミ(約28年)、コウモリ(約30年)、そして人間(約75年)です。(カッコ内は平均的な寿命)
いまのところ、血液中のリンの量が少ないほど長生きするらしいんです。
 
リンは肉や豆類に含まれる大切な栄養素で、不足すれば呼吸不全、心不全などを発症します。
逆に多過ぎれば、骨粗鬆症、動脈硬化を発症します。
 
リンも腎臓が調節していて、腎臓の機能が低下するとリンの調整機能が低下し、老化が加速するようです。
そのメカニズムはまだ解明中らしいのですが、血液中のリンが増えると血管の内側で石灰化が進み、血管が硬くなることがその一因とされています。
 
腎臓はリンの量の絶妙な調節に関して、骨のメッセージを聴いていることも分かっています。
骨は体内のリンの貯蔵庫としてその量を常に監視していて、その増減を腎臓にメッセージとして伝え、腎臓もそれに応じてリンの量を調節するというわけです。
 
 
これってある意味、凄いシステムですよね。
言ってみれば「腎臓の働きと寿命には密接な関係がある」ということになります。
 
ついでながらこのリン、不足よりも過剰摂取しやすい栄養素なんです。
ちなみにリンを含む食品添加物にリン酸塩がありますが、ソーセージやハム、缶詰、調味料、インスタントラーメンなどに多く含まれ、「リン酸Na」と表示されています。
これって、食品の形状や保水性を維持するための結着剤として使用されている場合が多いんですが、他には炭酸飲料に酸味料としても使われています。
 
リンの調節は腎臓がしてくれているとしても、必要以上にリンを過剰摂取しないようにはしたいものですね。
 

・腎臓を守ることの大切さ

腎臓以外の病気でも、腎臓に悪影響を与えることも分かってきました。
先進国の入院患者のじつに5人に1人が急性腎障害(AKI)になっていたという報告があります。
 
このAKIは、腎臓の機能が急激に落ちることをきっかけに多臓器不全を起こして、命にもかかわる深刻な状態のことです。
逆に考えると、腎臓を守りさえすれば救われていた命がたくさんあったことが分かってきたということになります。
AKIの患者数は、ヨーロッパだけで年間20万人にものぼるともいわれています。
 
また、治療のために投与される薬が腎臓に負担をかけていることも、AKIの一因だと指摘されています。
ある意味で、腎臓はもっとも薬の影響を受けやすい場所です。
ですから、余分な薬を飲むことは腎臓に負担をかけるという認識を持った方がいいようです。
 
命を守るために、そして長寿のために、常に腎臓を見守る必要があることが西洋医学の世界で徐々にわかってきています。
このことは、全身の臓器と語り合いその要として機能している腎臓をみつめることで、人体をネットワークとしてとらえる視点を西洋医学が得たと言ってもいいのかもしれません。
 
※参考までに、全8回のタイトルを挙げておきますね。
NHKスペシャルシリーズ「人体 神秘の巨大ネットワーク」
・プロローグ:神秘の巨大ネットワーク
・第1集:”腎臓”が寿命を決める
・第2集:”脂肪と筋肉”の会話がメタボを治す
・第3集:発見!”骨”が若さを呼び覚ます
・第4集:アレルギーのカギは“腸”にあり
・第5集:徹底解剖!ひらめく“脳”の秘密
・第6集:生命誕生・あなたを生んだミクロの会話
・第7集:人体は謎に満ちている
 
 

2.東洋医学の考える”腎”と“腎臓”の比較


それでは、東洋医学における腎の概念と最新の腎臓に関する知見を比較してみましょう。
すると「東洋医学はなかなか鋭いぞ!」ということがわかってきます。
 

・腎は骨・髄・納気を主(ツカサ)どる

まずは高地トレーニングの話です。
酸素が不足すると、その結果として腎臓からEPOという物質が放出され、それが骨に届いて、骨のなかの骨髄でつくられている赤血球を増産し、効率よく酸素が運べるようになる、ということでした。
 
この部分を東洋医学の腎という概念と比較してみます。
東洋医学的には、腎はカラダの器官としては骨、骨髄と関係が深く、さらには肺でする呼吸とは違う“納気”という深い呼吸をつかさどっていると考えられています。
腎が弱ると骨が脆くなる、というような関係性です。
 
これって関連している器官は骨と骨髄でまったく同じですし、「血液に酸素を供給すること=深い呼吸」と考えると、ほぼ同じことを言っているように感じるのは私だけでしょうか?
 
 

・五臓六腑は互いに関連している

次に、腎臓とさまざまな臓器や器官とのつながりの話です。
もともと東洋医学では臓器どうしにはそれぞれ特別な関係性があると考えます。
というより五臓六腑四肢百骸、つまりカラダのすべてはつながっているというとらえ方です。
もちろん心身一元論というスタンスなので、ココロとカラダもつながっています。
 
例えば腎で言えば、肺は腎の母、肝は腎の子、脾は腎を克す(いじめる)、腎は心を克す、膀胱と腎は表裏(親密な関係)などが一般的な他の臓腑との関係性です。
 
先ほどの腎臓と関連があるとされる臓器は心、肝、肺、脳、腸、骨などでしたが、東洋医学が二千年以上前に言っていた臓器とほとんど違いがありませんよね。
これって凄いことだと思いませんか?
 

・腎は精を蔵す

それから寿命の話。
東洋医学では腎という臓は、精を貯蔵していて、この精とはカラダにとって必要な気・血のもとになるものです。
ですから腎は発育・成長・老化ともっとも関係が深い臓とされています。
 
つまり、腎を良い状態に保っておくと老化しずらいし、長生きするということ。
これまた、まったく同じことを言っていますよね。
 面白すぎます(笑) 
 
 

3.人体の不思議と無限の可能性


このように考えてくると、例えば鍼灸でとても重視しているツボや経絡という考え方も、いまにカラダのネットワークをつなぐなんらかの役割を果たしているルート(=経絡)だということや、そのなかでも特に刺激すると効果的な部位(=ツボ)などというふうに、科学的にも認識される日が来るのかもしれないと思えてきます。
 
これってなんだかとってもワクワクしますよね!
 
 
西洋医学では以前は「脳が最高」というとらえ方をしていましたが、いまでは「全身の細胞がある意味で対等である」という考え方に大きくパラダイムシフトしているわけです。
一方で東洋医学は、全身のネットワークという考え方を数千年前に見出していたと言うことができます。
 
しかし「東洋医学はすごい」「いや西洋医学こそ科学だ」などと言う前に、いま自分たちが生きているこのカラダというシステムの不思議に目を向け、その可能性を実感することが大切なんだと、今回あらためて感じさせられました。
 
番組の中でも山中教授が言っていましたが、こんなところまでわかってきたつもりでいても、まだ人体について十分の一も分かっていないのだ、と。
 
以前にも書きましたが、西洋医学的な視点と東洋医学的な視点、このふたつの医学はカラダを180度違う方向性でとらえています。
けれど、だからこそそれぞれの存在意義があるのだと思っています。
まったく違っているというところに留まらずに、それぞれの独特な視点を共有し理解しあうことで、医学の可能性は限りなく広がるのかもしれないと、いま強く思っています。
 
いままでも鍼灸で患者さんを治療することは十分に楽しかったのですが、今後の楽しみがさらに増えた気がします。
それにしても東洋医学ってなかなかステキですよね!
 
今回も長々とお付き合いいただき、ありがとうございます。
 
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東洋医学的日々雑感25 『論語』について最近考えてみたこと(4)

久しぶりに「『論語』について最近考えてみたこと」シリーズ第4弾をお送りします。
じつは、アクセス数などを検証してみるとこのブログの中でも最も人気のないシリーズなんです(笑)
それでもまだ書いてしまおうと思う自分のことが結構笑えます。
 
それと、少し間が空いたので目次的なものもピックアップしておきます。
次回の分の目次まで含めてしまいました。
 
1.『論語』について最近考えたこと
 1-1. 『いきるための論語』を読んで…。
  ・学びて時に…
  ・共感できたこと
 —–以上第1回
 
  ・なぜ友が遠方から訪ねて来るのか?
  ・人が自分のことを分かってくれないからって…?
  ・学而篇全体の解釈は?
 —–以上第2回
 
 1-2. 『論語』ってどんな本?
  ・講師様のお言葉
  ・わりと短い…原稿用紙30数枚
 1-3. じっくり読むことの大切さ
  ・古典について考えてみよう
  ・“速読”ではなく、あえてジックリ“遅読”することの楽しさ
 —–以上第3回
 
2.古典を学ぶことの意味
 2-1. 古いものはイイものだ?
  ・注釈という中国の古典の伝え方
  ・”伝統医学”ではなく ”伝承医学”?
  ・歴史が示すエビデンス
 
 —–以上今回(第4回)
 
 2-2. 古典の記述と臨床
  ・古典を学ばないとわからないこと
  ・これからすべきことを考える
 —–以上第5回(予定)
 
 

2.古典を学ぶことの意味

『論語』を読むことを通じて、古典というものについて考えてみています。
とか書き始めると、
「そんな古い、しかも漢文で書かれたものを読んで、何が楽しいのか?」とか、
「そんな古臭い考え方が、いまの世の中で役に立つはずがないんじゃない?」といった反論が出てきそうですね。
 
それも一理です。
でもちょっと違う考え方もあるっていうことを知ってみてください。
「古典はいまに活かすために読むことが大切!」というお話です。
 

2-1.古いものはイイものだ?


・注釈という中国の古典の伝え方

中国では古典を読むときにいくつかのルールがあります。
まず大前提として、もともとの本文を無闇にいじらないこと。
 
紙がなかったくらい古い時代のものが、いまに伝えられている場合もあるわけです。
印刷技術が開発される前なので、基本的に本は借りてきて書き写すんですね。
たぶん「そこまでしてでも欲しいと思う本かどうか」と、当時の人たちは真剣に考えたんだと思います。
だって本を丸ごと書き写すって、相当の気力とか労力が必要ですから。
 
そう考えると、安易に本を買ったり、読まないでそのまま積んであったりする自分の書斎を見回して、
とても申し訳ないような気分になります。
 
 
話を戻しますが、全文を書き写すんですから、間違いがあるのは当然です。
「一」が「二」や「三」になるなんて当たり前のこと。
「互」が「巨」になったり(なんとなく形が似てるでしょ)、字が抜け落ちたりもちょくちょくあります。
竹簡とか木簡(竹や木を短冊状に削ってそこに字を書いて紐で綴じる)を綴じていた紐が切れて、
数行単位で入れ替わってしまうことだってあるんです。
 
だからもとの本は一緒なのに、結構内容が異なるもの(これを異本といいます)が存在していたりします。
それでも本文はそのままにして、細かい字で注釈を入れるのがルールのようです。
「この字はたぶんこの字の誤りだと思います」とか、
「この部分の文章は、ごっそりあっちから抜け落ちてこっちに移っちゃってるみたいです」みたいな注が入っていたりします。
それぐらい古い文章を大切にしてきたことが伝わってくるわけです。
 
だから古典を手に取ってジックリ読んでいると、
そんな経緯や関わった多くのひとの想いなども思い起こされたりして、なんだか胸がジーンとしてきます。
古典って、(少なくとも僕にとっては)そんな存在なんです。
 
 

・”伝統医学”ではなく ”伝承医学”?

僕らが関わっている東洋医学という分野は、
簡単にいうと「古代中国医学」と言い換えることができるものです。
いわゆる伝統医学のことですね。
伝統医学と対になる言葉は現代医学なので、現代でもやっているのだからちょっと変な気もしますけど…。
 
もちろん、何千年も前と同じ道具で同じように治療しているわけではないのですけど、
病んでいる(あるいはまだ病んでいないけど病みそうな)ひとを診ることの根本に流れている姿勢のようなものは、
ずっと変わらないものなのだと思っています。
あるいは、変わってはいけない部分が骨格として存在するようなものだと思っています。
 
そのことは次の世代に伝えなければならないんです。
それはいまの時代にその伝統医学に従事している人間の、ある意味で使命のようなものだと考えます。
 
例えば『素問』の官能篇第七十三には、鍼灸を伝えるべき人の条件を提示し、
そうでなければ伝えてはならない、と書かれています。
 
2千年以上前に、伝えるべきひとを厳格に選んでいたというわけです。
それって、鍼灸というものをそれだけキチンと捉えていたっていうことですよね。
凄いと思いませんか?
だから伝統医学というより、伝承医学だと思うわけです。
 
 

・歴史が示すエビデンス

それともう一つ、知っておいていただきたいことがあります。
2千年前に書かれたことがいまでも使われているってことは、
2千年以上のエビデンスがあるってことだっていうこと。
わずか百数十年前にできたものと、どっちが信用できますか?
 
もちろん、東洋医学と西洋医学(というより現代医学かな)のことなんですけど…。
西洋医学って、自分たちで「科学的だ」っていう割に、いってることがドンドン変わっちゃってませんか?
 
例えばケガの治療のこととか。
昔は痛みを我慢しながらめちゃくちゃ滲みる消毒液で消毒されて、
しかもなるべく乾かしてカサブタにしろって言われてたのに、
いまじゃ水で汚れを洗い落として(もちろん傷の程度によります)、
なるべく乾かさないのが早くキレイに治すコツだなんで言われていますよね。
しかもまだ、昔の治療の仕方をしている医師もいる。
そういう意味では、ちょっとまだ信用しきれない部分もあるんです。
 
もちろん伝統医学としての西洋医学の部分もあって、
それはそれでなかなか楽しい部分でもあるんですけど、
日本における西洋医学って歴史的にみるとちょっと変わってるんですね。
 
明治の初めに、当時の西洋医学の成果の部分だけを輸入してきて、
いままでの医学を全否定して自分の国の医学のメインに据えてしまったわけです。
そのひずみが、いろいろなところに出てきているという気がします。
 
そう考えると、数千年前に書かれた考えにいまでも頷けて、
それを使って効果がでるって凄いことだと思うんです。
 
だからこそ僕は、東洋医学を昔々に書かれたそのままの文章で
できる限りキチンと読んでみたいと思っているんですよね。
 
まだあと1回続く予定です。
 
  

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東洋医学的日々雑感24「糖尿病1000万人について思うこと」

2017年9月22日に以下のような報道がありました( 記事リンク )。
 
国内の糖尿病が強く疑われる成人が推計で1千万人に上ることが、厚生労働省の2016年の国民健康・栄養調査でわかった。
調査を始めた1997年の690万人から増え続け、今回初めて大台に達した。
厚労省は高齢化が進んだことが影響したとみている。(中略)
糖尿病は放置すると、網膜症や腎症などの合併症のほか、脳梗塞や心筋梗塞などの原因にもなる。
だが、今回の調査で有病者のうち、23.4%は治療を受けていなかった。
国は22年度の有病者を1410万人と予測。それを1千万人に抑えることを目標にしている。
 
この記事を読んで考えたりしたことについて少し書いてみます。
 
 

1.糖尿病合併症「米国で減」「日本で増」のなぜ


糖尿病について考えるときに知っておきたいことがあります。
実はアメリカでは、糖尿病の合併症を減らすことに成功していますが、日本では逆に増えています
このことは、アメリカでは糖尿病の予防治療に成功しているのに、日本ではそれができていないということです。
いったい何故なのか?
 
日本の低糖質界の先駆けである江部康二先生はその理由について、
糖尿病の治療食の糖質摂取率が米国では40%、日本では60%であることの差ではないか、
という仮説を立てて検証しています。
 
そもそも糖尿病という病気を簡単に説明すると、
糖質を摂取する→血糖値が上昇する→インスリンが分泌される→血糖値が下降する
という機序のなかで、インスリンというホルモンが出にくいか、または効きにくいという状態のことです。
 
血糖値が高い状態は、カラダにとって良くないことがいろいろ(例えば、血管を傷つける→動脈硬化→脳梗塞・心筋梗塞など)と起こるため、血糖値を下げる必要があってインスリンが分泌されるんですね。
結果的に余った糖質がインスリンによって脂肪に変換されてカラダに蓄積されるので、
つまり糖質をたくさん摂ると太るというわけ。
もちろん肥満によっていろいろな病気のリスクが高まるので、見た目の問題よりそちらが心配です。
 
インスリンが出にくかったり、効きにくかったりするのが糖尿病なのだから、普通に考えれば糖質を摂らないようにするのが病気を悪化させないための基本であるってことは、誰にでもわかることですね。
 
それなのに日本の糖尿病治療食のスタンダードでは、糖質を60%も摂るんです。
そりゃあそれだけ糖質を摂れば血糖値は上がります。
糖尿病はその血糖値を下げるシステムがうまくいかない病気なんだから、今度はインスリン注射を打って血糖値を下げることになるわけです。
 
いままでのところ、意味わかりますか?
簡単に言い換えると、
アクセルを踏みながら(糖質を摂ること)、ブレーキをかける(インスリンを打つこと)
ということです。
 
一方で、インスリンといいうホルモンは猛毒だと言われます。
過剰なインスリンによって、ガン、アルツハイマー、肥満などのリスクが高まるからです。
それをわざわざ糖質をたくさん摂らせて血糖値を上げておいて、
非常に高価でしかも猛毒のインスリンを注射する意味ってなんでしょう?
医療の本来の目的から外れていると思うのは、私だけでしょうか?
 
一点だけ注意を!
糖尿病の治療をしている方は、むやみに低糖質の食事にして服薬やインスリン注射をすると低血糖になって、命にかかわることがありますので、必ず医師の指導のもとに行ってください。
 
 

2.東洋医学では糖尿病ってどんな病のこと?


東洋医学で糖尿病とほぼ同じと思われる病気は「消渇」といわれています。
これについても少し説明を加えてみましょう。
 
消とは痩せる、渇は口や喉の渇きのこと。
『諸病源候論』という隋代(610年)に巣元方によって病の症候と原因について書かれた古典には、
渴不止小便多是也(渇して止まず小便多きこれなり)とされています。
口が渇いて小便が多い病気だということ。
 
美食や甘いものの過食によってカラダにが生まれ、
その影響で多飲、多食、多尿と体重減少という「三多一少」と呼ばれる症状が代表的な病気です。
熱の所在がカラダの上か真ん中か下かによって上消、中消、下消の3つに分類されます。
それぞれの特徴をまとめると以下のようになります。
 
分類 病位 症状 病期 病態
———————————————
上消   肺   多飲 初期 軽症
中消 脾胃 多食 中期 中症
下消   腎   頻尿 後期 重症
 
肺を中心としたカラダの上の方がやられる上消は、多飲が特徴的な症状で、消渇の初期で軽症。
脾胃を中心としたカラダの真ん中がやられる中消は、多食が特徴的な症状で、消渇の中期で中症。
腎を中心としたカラダの下の方がやられる下消は、頻尿が特徴的な症状で、消渇の後期で重症。
 
消渇を起こす原因は以下のように言われています。
◉ 飲食失調
 ・油っこいもの、甘いもの、辛いものの過食
 ・過食によって脾胃に負担をかけ、さらに体内に湿熱を生み、そのため口臭が生じる
◉ 情緒失調
 ・怒りやストレスによって肝の気が鬱滞する
 ・さらにこれが長引くと熱化し、そのため口渇が生じる
 ・肝火により、目の充血、イライラ、怒りっぽい、頭痛、不眠などといった症状も出てくる
◉ 腎虚
 ・腎が弱ると、多尿(尿の量が多い)、頻尿(排尿回数が多い)などの症状が起こる
 ・腎の弱る原因には、先天性、性生活の不節制(房事過多)、過労、慢性疾患、睡眠不足などがある
 
また、『備急千金要方』には
「凡積久飲酒未有不成消渇」(飲酒を長年続けて消渇にならないものはない
なんていう記述もあります。
 
適切な食事、情緒の安定、過労や睡眠不足に気をつけるといったことが、
養生としては必要になります。
 
お互い気をつけましょう!
 
 

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東洋医学では病気の原因をどう考えるのか?(10)

前回の労逸つまり過労と安逸(働かな過ぎること)による病気の原因に続く今回は、房事過多です。

面白いことに、東洋医学では性生活に節制がないことを病気の原因のひとつにあげているわけです。
これについて少し説明していきましょう。
 
    目次
内因:生活要因や精神的要因などが病気の原因となる場合
 A. 飲食不節:不適切な食事や飲水
 B. 労逸:労倦と安逸のこと
 C. 房事過多:性生活に節制がない
—————————————- 以下次回以降
 D. 七情の失調:突然・強い・長期の精神的な刺激
 
 

C. 房事過多


房事過多とは、房事=セックスが多過ぎるということです。
まずは房事についてみていきましょう。
 

1)房事とは?

中国には古来、養生術がいろいろとありました。
養生とはつまり生を養うこと。
自然と調和することでカラダを良い状態に調え、ひいては健康増進、病気の自然治癒を促すことなどが目的の行為のことです。
 
その具体的な方法として、ひとつは食養生
食べたものは気血水と精というカラダをつくるもとになるという考え方から、各人に合った食事の取り方によって健康になることを目指すというものです。
 
それから気功などの動作をともなう健康法
カラダを動かすことで気血をめぐらし、心身を健康な状態にすることが目的です。
これには呼吸法も重要な要素になります。
 
そして性養生です。
中国では古来から、性生活に関連して健康を損なわない工夫がされてきました。
それを房中術といいます。
「房」は寝室のことで、性生活の技法という意味です。
 
 
 

2)房中術の要点

房中術に興味を持たれた方が多いと思われますので(笑)、少し説明しておきましょう。
その前に言い訳しておきますが、私自身は決してこの術をマスターしてはおりませんが、
以前に学校で教えていた時に、卒論の指導で「房中術について」を担当したことがあるので、少しは詳しい方かもしれません。
 
古くは『漢書』芸文志の方技略というところに次のような文があり、これは房中術の要点とされています。
楽而有節、則和平壽考。
及迷者弗顧、以生疾而隕性命。
(楽しみに節度があることが、和平長寿の秘訣である。おぼれて顧みなくなれば、疾いを生じ性命を損なう。)
 
また房中術にはさまざまな性行為の技法が含まれます。
例えば日本最古の医学書である丹波康頼の『医心方』では、房内編として一巻を当てています。
そこには次のような内容が含まれています。
・男性の陽、女性の陰の養い方
・男女の交わりの極意
・ことに臨むに当たっての心得や呼吸法
・女性の官能の高まりをとらえる方法
・様々な交接のスタイル(体位)
・子供が欲しい場合の禁忌
・良い女の条件
非常に微に入り細をうがっています。
 
本来の房中術は、性という人間本来の行為に対して、溺れることなく節制を保ち、適度な楽しみとして無用に精(これは精液のことではなく気血のもとになるものという意味)を漏らさないように交わることが大切だと説かれています。
つまり、精の浪費は気の消耗につながり、健康を損ねる原因にもなるということです。
 
 

3)房事過多だとどうなるのか?

それでは房事つまり性生活に節度がないとどうなるのかを見ていきましょう。
房事過多=精の浪費と書きましたが、精は気血のもとになる大切なもので腎という臓にしまわれています。
つまり、精が浪費されるということは腎精を消耗するということになります。
簡単に言うと腎が弱るわけです。
 
腎という臓の働きについては以前に書きましたので、そちらを参照してください。
腎は髪、耳、骨などのカラダの器官と関係が深い臓でした。
さらにエイジングつまり老化にも関わる重要な臓でもあります。
ですので症状としては足腰の弱り、眩暈、耳鳴り、老眼、難聴、白髪・脱毛など、いわゆる老化の早まりに伴う症状などが起こるわけです。
 
 
有名な貝原益軒の『養生訓』のなかには、
わかき時より色慾をつつしみ、精気を惜むべし。
精気を多くつひやせば、下部の気よはくなり、元気の根本たへて必ず命短かし。
などと記され、精気を浪費しては命が短くなると戒められています。
 
まあ現代に当てはめて考えてみると、どちらかというとセックスレスの方が問題になるのかもしれませんね。
これについて東洋医学的に考えてみるのもとても面白いのですが、後の回に譲ることにしましょう。
 
 

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東洋医学的日々雑感23「眩(くらら)~北斎の娘~を観て感じたこと」

10月7日に再放送されたNHKの特別ドラマ「眩(くらら)~北斎の娘~」を録画しておいて先日観ました。
原作は直木賞作家の朝井まかて氏の「眩」。
これが期待以上に凄いドラマでした。
感じたことなどを少し書いてみます。
 
画像制作に多少なりとも携わっていた経験を持つものとして、
各カットがため息が出るような感動的な色彩やアングル、照明などで構成されていることに驚き、
制作スタッフの質の高さを感じさせてくれましたが、
それ以上に主演の宮崎あおい(北斎の娘お栄、のちの葛飾応為)、
父であり師である北斎役の長塚京三の演技が光っていて、
久々に観終わってから暫くの間、感動に浸ることができる作品でした。
 
 
葛飾北斎、言わずと知れた江戸後期の浮世絵師ですね。
富嶽三十六景や北斎漫画などが代表作で、世界的にも有名。
LIFE誌が1999年に選んだ「この千年でもっとも重要な功績を残した100人」に日本人で唯一選ばれた人でもあります。
私はベロ藍を使ったあの北斎ブルーにとても惹かれます。
 
そのドラマの中で胸に刺さるセリフがありました。
シーボルトから西洋画の手法による浮世絵の制作を依頼され、
弟子たちが仕上げた絵を前にして、皆で議論する場面でのことです。
弟子たちも娘のお栄もこのレベルの絵を納めることはできないので書き直したいという意見なのですが、
そこで北斎が言うのです。
 
たとえ三流の玄人でも、一流の素人に勝る。
なぜだかわかるか。
こうして恥をしのぶからだ。
己が満足できねぇもんでも、歯ぁ喰いしばって世間の目に晒す。
やっちまったもんをつべこべ悔いる暇があったら、次の仕事にとっとと掛かりやがれ
 
この言葉は胸に刺さりました。
私たち鍼灸治療も同じだからです。
いやすべてのプロはそうあるべきなのかもしれません。
 
私の治療レベルはまだまだ低いということを自覚している自分がいる。
それでもいま目の前にいる患者さんを、いま持っているその低いレベルで治療しなければならない。
自分のレベルが低いことを恥じるくらいなら、さらに高いレベルを常に目指すべきなのです。
私にはそう受け止められました。
北斎のように常にさらなる高みを目指したい! いや、目指すべきだ!!
 
興味を持って調べてみると、北斎には他にも名言がいろいろありました。
次に紹介するのは、臨終の際の言葉です。
 
翁 死に臨み大息し 天我をして十年の命を長らわしめば といい 暫くして更に言いて曰く
天我をして五年の命を保たしめば 真正の画工となるを得べし と言吃りて死す
 
どうでしょう。
「あと十年、いや五年命が長らえればまことの画工になれるのに」
と死の間際に言うことができるその姿勢、自身に対する評価の厳しさ。
見習わなければなりません。
 
 
さらに富嶽百景の跋文にはこう書かれています。
 
己六才より物の形状を写の癖ありて半百の此より数々画図を顕すといえども七十年前画く所は実に取るに足ものなし
七十三才にして稍禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり
故に八十六才にしては益々進み九十才にして猶其奥意を極め一百歳にして正に神妙ならん欤 
百有十歳にしては一点一格にして生るがごとくならん
願くば長寿の君子予言の妄ならざるを見たまふべし 
 
ちょっと訳文を付けておきます。
(私は六歳から物の形状を写し取る癖があり、五十歳の頃から数々の図画を現したとはいえ、七十歳までに描いたものは実に取るに足らぬものばかりである。七十三歳になっていくらかは生き物の骨格や草木の出生を知ることができた。ゆえに、八十六歳になってますます腕は上達し、九十歳ともなると奥義を極め、百歳に至っては正に神妙の域に達するであろうか。百十歳を超えれば一点一格が生きたもののごとく描けるようになろう。願わくば長寿の神様には、このような私の言葉が世迷い言ではないことをご覧いただきたいものだ)
 
これまた自らの目指す絵師としての極みを具体的にイメージして見据え、日々努力していたことを伺える逸話です。
卑近な例で申し訳ありませんが、少し前に読んだランニング本に書いてあったことを思い出しました。
 
平凡なることを、非凡なる努力で継続すること
この言葉の大切さと難しさを感じさせられる今日この頃です。
 
 

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東洋医学的日々雑感22 「漢方の大嘘」を読んで

週刊新潮の9/14号と9/21号の2週連続で「漢方の大嘘」と題した記事が掲載されました。
ちょっとショッキングなタイトルですが、今回はこれについて少し書いてみます。

 

1.漢方の実情?!


あなたは漢方薬に対してどんな印象を持っていますか?

副作用がない」「効き目が穏やか」「体質を改善する」などだとしたら、ある意味でそれは間違いです。
その理由については、後で書くことにします。

ところで、最近カタカナ名の変な薬をよく見かけますけれど、
じつはあれはほとんど「隠れ漢方」と呼ばれるものだって知っていましたか?

漢方薬の名前って漢字だらけだし、素人には何に効くのかよく分からないので、
何となく効果をイメージできるようなカタカナにして買いやすくして、
それで売り上げを伸ばそうという魂胆が透けて見えるような気がします。

少しだけ例を挙げてみます。
・コムレケア(小林製薬)=芍薬甘草湯(シャクヤクカンゾウトウ)
・ナイシトール(小林製薬)=コッコアポEX(クラシエ)=ココスリム(佐藤製薬)=防風通聖散(ボウフウツウショウサン)
・ビスラットゴールド(小林製薬)=大柴胡湯(ダイサイコトウ)

コムレケアはこむら返り、ナイシトールは内臓脂肪、ビスラットゴールドは更年期脂肪に効果があると(それとなく分かるように)しています。
こうして見てみると、隠れ漢方は小林製薬の得意技なのかもしれません(笑)

これらの「隠れ漢方」に使用されている生薬、組み合わせや配合比率は同じでも、配合されている量が医療用の漢方薬よりも少なめのものが多いようです。
これは、カラダに合わない漢方薬を服用してしまった時の副作用対策のような気がします。
脂肪を落とすのに漢方薬を飲むなんてと思ってしまいますが、まさにこれが日本における漢方の現状なのかもしれません。

前置きが長くなってしまいましたが、そろそろ本題に入りましょう。

 

 

2.「漢方の大嘘」の内容


週刊新潮の記事の主旨はだいたい以下のような内容でした。


・ツムラは医者に漢方の知識をマニュアル化して教えた

・その際に「方証相対」という対症療法的な流派を広めた

・結果的に、知識の浅い専門医(漢方専門認定医)を大量に作った

・処方が固定している既製品のエキス製剤を作ったため、とても重要な「さじ加減」ができない

・上記のような漢方を推し進めた結果、深刻な副作用事案が起こっている


少し説明が必要な部分をフォローしてみます。

1976年以降、148処方の漢方薬が保険適用になったのですが、
実はその時点では大学で漢方を教えているところがなかったそうです。
つまり、漢方を学んだことがある医者がほとんどいなかったにもかかわらず、漢方薬が保険適用になったわけです。

そこで、本来は大学で教えるべき漢方に関する医学教育を、利益を追求すべき企業(つまりツムラ)が代わって行なうことになったわけ。
その時に導入した考え方が「方証相対」という、症状と処方が対応している対症療法みたいなものだったんですね。
しかもツムラはそれをマニュアル化して医者に配ったんです。

本来の東洋医学の考え方では、人を見て、脈診・舌診など総合的に判断して処方するものです。
ですがそんなキチンとした教育をしていたら間に合わないから、手っ取り早く漢方薬を使ってくれる医者を作り上げたかったわけです。

そのために利用したのが、日本東洋医学会が1989年から始めた漢方専門医認定制度です。
「日本東洋医学会の入会金と専門医になるための判定料を払えば専門医になれる」
とツムラの営業担当が宣伝していたなどとも書かれていました。
実にひどい話です。

患者の側からすれば、漢方専門医なら漢方に詳しいと思うのは当然のことですが、
実情は漢方の基本も知らない医者がたくさんいるということなんです。

さらに、ツムラが作った漢方エキス製剤の特徴は、処方がマニュアル化されている点です。
利便性と収益性というのがその大きな理由でしょうが、処方が固定している既製品のため、
いわゆる医者の「さじ加減」ができない薬なんですね。

漢方、あるいは東洋医学の良いところは、その人に合った治療や処方をすること。
これではすべての人にMサイズの服を着なさいと言っているようなもので、東洋医学ではありません。

 

 

3.漢方、東洋医学について思っていること


以前にもこのブログで書きましたが、漢方薬の専門家は誰なんでしょう?
じつは日本の医療システムの中には、漢方の専門家はほとんどいないのが現状なんですね。
それなのに医師なら誰でも保険で漢方薬を出せるというのは、とてもおかしいです。

記事で言われている「大嘘」というのは、私に言わせればツムラだけではなくメディアにも責任があります。
ですが「漢方薬」自体は決して悪くないんです。
何と言っても、約二千年のエビデンスがある医学ですから。

東洋医学と西洋医学は全く視点が違う医学で、だからこそ共存している意味があるんだと思っています。
つまり、西洋医学的な考え方で漢方を使うことには大きな無理があるということなんです。

漢方薬も薬である以上、副作用は必ずあります
間違った使い方をすれば死に至ることもあります。
逆にキチンと使って体に合えば、すぐに大きな効果を見込めるのも事実です。

最近読んだすごく難しかったけどかなり面白かった『「代謝」がわかれば身体がわかる』(大平万里、光文社新書)という本の中にこんな記述がありました。

役に立つ薬理作用のある毒物を「薬」という。

漢方薬でもなんでも、薬は必要な時以外は使わないのが基本ですね。

 

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東洋医学では病気の原因をどう考えるのか?(9)

前回の飲食不節つまり食事による病気の原因に続く今回は、労逸です。
労逸という言葉を聞きなれない方がほとんどだと思いますが、これは過労と安逸を合わせた言葉です。
安逸という言葉も耳慣れないかもしれませんが、それぞれについて説明していきましょう。
 
    目次
内因:生活要因や精神的要因などが病気の原因となる場合
 A. 飲食不節:不適切な食事や飲水
 B. 労逸:労倦と安逸のこと
—————————————- 以下次回以降
 C. 房事過多:性生活に節制がない
 D. 七情の失調:突然・強い・長期の精神的な刺激
 
 

B. 労逸


 
 

(1)過労

東洋医学では、ヒトが生命活動を行うときには様々な生理物質が必要だと考えます。
その生理物質については以前にも学びましたが、精、気、血、津液(水)のことですね。
起居動作、つまり基本的に生きていればこれらの物質を消費しているわけです。
 
ざっと振り返ってみると、
精は精神をコントロールし、気や血のもとにもなっていました。
気は活力をつくったり、カラダを温めたりする働きがありました。
血はカラダのいろいろな部分に栄養を与え、
津液はカラダを潤していました。
 
消費されたこれらの生理物質は、食事や休息・睡眠などによって生産されたり回復したりして、
さらなる生命活動が可能となるわけです。
 
ところが消費が過剰になると、当然のように生産が間に合わなくなります。
この状態が過労です。
 
カラダには質の良い食事や休息・睡眠が必要だということです。
ちなみに、過労になると痩せてきたり倦怠感がでてきたりするだけでなく、
気力もなくなります
 
そのやる気のなさ、もしかすると気が不足しているのかもしれません。
東洋医学ではそんな状態をキチンと病気として扱ってくれます。
 
 

(2)安逸

次に、安逸の方を説明しましょう。
簡単に言うと、過労が働き過ぎなのに対して、安逸は働かな過ぎのことです。
適当な期間、休息を取ったりするのはいいのですが、
長期にわたって運動不足や怠惰な生活を送っていると、
カラダに悪いことがいろいろと起こってくるんです。
 
以前、気血津液はめぐっていないと良くないということを書きました。
動かな過ぎると、つまりは気血水の停滞が起こるということです。
 
すると、
気の停滞によって気滞
血の停滞によって血瘀
津液の停滞によって痰湿ができます。
これって、以前に学んだ病理物質ですね。
 
気滞では、怒りっぽくなったり、逆に鬱っぽくなったり、お腹が張ったり、頭痛も起こります。
血瘀では、皮膚のくすみや肩こり、頭痛、ひどいと脳梗塞みたいなことにもなりかねません。
痰湿では、カラダが重だるかったり、浮腫んだり、めまいや下痢なども起こります。
これ以外にも、食欲不振や無力感、やる気のなさなども現れます。
 
働きすぎも怠惰な生活も良くないって、当然すぎる内容でした(笑)
 
 

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「カラダの診かたについて、私が最近考えていること」臨床エピソード22

私は鍼灸師です。
そして東洋医学をいろいろなひとに伝える仕事をしています。
今回は、そんな私がカラダの診かたについて最近考えていることを、少し書いてみます。
未だに結論までは出ていないのですが、とても大切なことだなのでずっと考え続けています。

 

1.バランスの医学


 
よく、「東洋医学はバランスの医学」だと言われます。
 
カラダのバランスの崩れを調えることで、健康を手に入れることができるというわけです。
病気という形になっていなくても、少しバランスの崩れている状態で調えてしまおう
という考え方(治未病)もここにつながります。
 
前回、「老後についていま考えておくべきこと」のなかでも書いたように、
大きさよりも〇(マル)であることが大切だという考え方です。
 
では、その「崩れるているバランス」って何のことでしょうか?
ふつう東洋医学的には、
寒熱のバランス(カラダが冷えているのか熱があるのか)とか、
虚実のバランス(カラダに不足しているものがあるか、余っているまたは停滞しているものがあるか)
ととらえます。
 
もちろんそれを陰陽や臓腑の問題に落とし込んでいって、
さらにその把握した内容を経絡やツボ、漢方薬などに結び付けて調えるわけですね。
 
診断という意味では、顔色、舌、脈、お腹、痛い場所などでそのバランスの崩れの状態を判断したりします。
だから、痛いところに触らなくても痛みが取れたりするんです。
 
私の場合は、それ以外にもカラダの上下、左右、前後のバランスを診るようにしています。
カラダを立体的にとらえたときに、どこが問題になっているかをチェックすることで、治療の参考にするためです。
 
 
先日、「やりなおし鍼灸治療学」という鍼灸師向けのセミナーの実技スクーリングをやりました。
そこでこの考え方を使った治療点(つまりツボ)の探し方をレクチャーしたのですが、
そのとき、たまたま被検者になったひとのしつこい右肩の痛みが、左の足に小さな粒を1つ貼るだけで意図せずに取れました。
 
参加者からも後日、「この考え方で患者さんの痛みが簡単に取れました!」という声が届きました。
でも、こういうことは鍼灸の臨床では当たり前のようにあることなんです。
どちらかというと、痛いところに触らない方が良くなることが多いかもしれないくらいです。
 
そういう意味で正しく使うことさえできれば、鍼灸というか東洋医学はすばらしい医学です。
 
 

2.最近、気になっていること


 
けれど最近、上に書いた以外のバランスのことがとても気になり始めてしまいました。
それは「心のバランス」です。
 
東洋医学は心身一元論にもとづいています。
心とカラダは一体であるという考え方です。
カラダが病めば心を病むし、心を病めばカラダが病むということです。
 
よくあるアプローチとしては、
カラダが楽になることで心のバランスの崩れが解消していくというパターン。
うつの患者さんなどは、こんなパターンで治っていく場合が多いように感じます。
 
ところが逆に心のバランスが崩れて病になっている場合、
これをどう治療していくのかということが問題になります。
 
 
心の中に怒りだとか悲しみだとかを根深く抱え込んでいることが原因で病んでいる方は多いです。
ものごとに対する考え方の方向性が間違っていて、それが病を生み出していると思われる方もたくさんいます。
 
ガンや糖尿病などのいわゆる生活習慣病といわれている病気のなかにも、
というよりそういう病にこそ、こういった心のバランスの崩れが多いことが患者さんを治療していてわかります。
 
もちろん、改善すべき生活習慣には食事、起居、仕事などさまざまなものがありますが、
もっとも重要なのはものの考え方や心の使い方ではないのか?
それを変えてもらうようにすることで病から解放されるのではないか?
そんな疑問が膨らんできました。
 
そこで自分自身の臨床を振り返ってみることにしました。
難病とか生活習慣病などが治った場合には、そういう心のアンバランスに自然に対応できていたのではないか、
ということに気づきました。
 
「これはキチンとシステム化・言語化しなければならない」という思いが沸々と湧いてきました。
心のバランスの崩れをどう見つけ出して、それに対してどのようにアプローチしていくのか?
それを東洋医学という枠にとらわれずにシステム化しながら、同時に治療の中で検証していく。
 
いまそんな作業に没頭しているので、ブログのペースが少し落ちています(笑)
どうか温かく見守ってください。
 
 

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