日本の暦シリーズ3「清明」

暦シリーズの第3回目です。
本日は二十四節季の「清明」
この季節の暦に関連して、墓参り、お茶、お釈迦様などについて、あれこれ書いてみました。
 
清明とは「清浄明潔」を略したもので、春の清らかでいきいきとして明るい様子をあらわしています。
『こよみ便覧』には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と記されています。
 
春は東洋医学の理論的な根っこのひとつである五行という考え方では木
木は外に向けて枝葉をノビノビと伸ばしていく、という性格があります。
それとすべての始まり、ものごとが発生する季節です。
そういう意味で、「万物発して…」となるんですかね。
 
 
中国ではこの時期に祖先の墓参りをしますが、これを清明節といいます。
草むしりをして墓を掃除するので掃墓節ともよばれるようです。
 
私も先日、近くにある父の師匠の墓を掃き清めて、手を合わせてきました。
草むしりをしながらあらためて思ったのですが、地面に直接触れるという行為は、カラダをアースするという意味でもときどきやったほうがいいことかもしれません。
現代人は直接地面に触れる機会が少なすぎる気がします。
なんといっても、人は天と地の間に生きているわけですから…。
そんなことを考えていたら、なんだか無性に裸足で海岸の砂の上を走りたくなってきました(笑)
 
ところで、中国では緑茶は清明節に近い時期に摘むほど香りと甘みがあり高級であるとされるそうです。
ちなみに日本では茶摘みといえば八十八夜
これは雑節ですが、立春から88日目(立春を1日目として数えます)のことで、今年でいえば5/2になりますから中国とは時期がちょっとズレていますね。
八十八夜といえば、文部省唱歌の茶摘み」の歌ですね!
知らない人、忘れてしまった人のために、歌詞をあげておきましょう! 
それにしても、「摘まにゃ日本の茶にならぬ」とは…(笑)
 
夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
あれに見えるは茶摘みぢやないか
あかねだすきに菅の笠
 
日和つづきの今日このごろを
心のどかに摘みつつ歌ふ
摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにゃ日本の茶にならぬ
 
 
この清明節、沖縄ではシーミーとよばれていて、お墓の掃除をして墓参し、墓前で親族が祖先と共に食事を楽しむ風習なんだそうです。
沖縄のお墓は台湾のお墓に似ていて大きいですから、皆で墓参りをしても大丈夫そうですね。
 
そうそう、二十四節季より細かい季節感をあらわしている七十二候では、玄鳥至(つばめいたる)になります。
燕が南からやって来る時期という意味ですね。
 
それからまだあります。
3日後の4/8は灌仏会、つまりお釈迦様の誕生日ですね。
明治以降に名付けられた「花祭り」という呼び方のほうが一般的かもしれません。
 
お釈迦様は生まれたときに、右手は天を、左手は地を指さし、「天上天下唯我独尊」(すべての生き物はかけがえがなく尊いものだ)といったとされていますが、花祭りではお釈迦様が誕生した花園をあらわした花御堂が設けられ、そのなかに天地を指さした釈迦像を安置し、頭の上から甘茶を注いでお祈りするんです。
 
こうやってみてくると、日本という国は、ほんとうにいろいろな文化が混ざりあってできていることがわかりますねぇ。
 
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