東洋医学を正しく理解するために必ず押さえておくべきポイント その1

 

 

“東洋医学”というとあなたはなにを思い浮かべるだろうか? 

経絡図

医師の出す漢方薬、鍼灸師による鍼灸治療、あるいは按摩やマッサージだろうか。西洋医学(いわゆる現代医学)と違ってからだにやさしい自然な治療、副作用の少ない治療などと漠然ととらえているかもしれない。

しかし、東洋医学はどのように人体をとらえ、どのように診断していかに治療するかを正しく知ることは、単に患者としてこの医療を受けるためにだけではなく、とても大切である。

なぜなら、この東洋医学はつい150年ほど前の江戸時代までは日本の医学の主流だったからだ。明治維新によって日本の医学は180度の転換を果たしたわけだが、それからわずかに150年あまりしかたっていないという事実を知るべきだ。しかも東洋医学には、それ以前に2000年以上の歴史を有することもまた、この医学を享受してきた日本人として知っておくべきことだろう。

 このブログでは今後、わかりやすく東洋医学全般にわたって説明を試みていく予定である。その第1回目として、東洋医学と西洋医学がいかに違うかについて解説しよう。専門家でない方でもわかりやすい内容となっているので、安心して読み進めてほしい。

 

                   目次

        1.西洋医学と東洋医学のものの見かたの違いを比較する

           1-1.西洋医学のみかた

           1-2.東洋医学の見かた

        2.西洋医学と東洋医学の得意分野の違いを比較する

           2-1.西洋医学の得意な分野

           2-2.東洋医学の得意な分野

 

1.西洋医学と東洋医学のものの見かたの違いを比較する


東洋医学と西洋医学は根本的に違うということはなんとなく知っているかもしれないが、ここではそれぞれのものの見かたの違いについて説明する。

両者のあいだには真逆といってもいいほどの視点の違いがあり、むしろそのことによってそれぞれの存在意義があるともいえるのだ。違うからこそ補完し合う意味もあるということだ。

 

1-1.西洋医学のみかた

・西洋医学ではからだをパーツの集合体とみる

 西洋医学のからだの見かたの基本は、体をさまざまなパーツの集合体として見ることである。機械の部品のようなとらえ方だ。これはデカルトの「人間機械論」に端を発する。物事を細分化していくことで真実を追求しようとする姿勢である。より詳細な真実へ向かっていった科学の手法である。その結果さまざまなことが分かった反面、この考え方の問題点は、細分化したものを総合すれば本体となると誤解していることにあるともいえる。

 

・異常なパーツは取り換えたり、切り取るatlasstand

 この考え方にもとづくと、異常なパーツであるガンに侵された臓器や役に立たなくなった器官は取り換えたり切り取ったりすればよいという考え方にいたる。それが手術の基本的な考えかたでもある。結果的に命を落とさなくてもすむ場合もあるが、一方で体がバランスを失い死が近づくこともある。

 

・心身二元論(心と体は別物である)

 西洋医学では心と体は別物であると考える。これを心身二元論という。別物であるから心だけが病むことも体だけが病むということも当然であると考え、心と体が影響しあうということは基本的にありえないということになる。はたしてそうだろうか? ではいったい心とはどこにあるのか? 現代医学ではそれは脳のなかにあるという。だが「私を指さして」と言われて頭を指さす人を見たことがない。心が胸の中にあることは無意識に認識していることのように思えてならない。

 

・正常値あるいは標準値という基準を持ち、これから外れている場合を病気と判定する

 西洋医学の考え方の根本には、「恒常性」というものがある。「ホメオスタシス」ともいう。変わらないものが真実であるという考え方でもある。そこから正常値あるいは標準値という考え方がうまれ、これを基準にものごとを評価しようとするようになっている。人間の体に対しても同じである。この基準から外れている場合を病気と判定し、基準に納まっていれば健康であると判定するわけだ。これはある意味、とてもわかりやすいし、納得しやすい考え方だ。しかし人間の体というものはそれほど単純なものではないので、そこに無理が生じる。

 

・数値であらわしにくい症状や病気などは診断しにくいため、得意ではない

 正常値の範囲に入っているひとがなんらかの症状をもっている場合、西洋医学はちょっと困ってしまう。また「気分」のような数値であらわしにくい症状や病気などについては基準がつくれずに診断できないため、あまり得意ではない。もともと西洋医学の優位性は感染症(細菌に感染した結果おこる病気)の治療やケガなどの治療手段にある。そういう意味では内科や精神科などはもともとあまり得意ではない。e_coli

 

・獲物を見つけたら打ち殺すという狩猟民族的な考え方が基本

 西洋医学はもともと狩猟民族の医学であり、考え方の基本は「獲物を打ち殺す」というところにある。だから上述したとおり、細菌を見つけて叩くというのが治療の基本となる。獲物が見える場合、つまり病原菌を特定できた感染症にはかなりの効果を発揮するが、相手が見えないとお手上げなのだ。

 

 

1-2.東洋医学のみかた

・心身一元論=心と体はひとつである、という考え方が基本

 東洋医学では、心と体はひとつであると考える。だから心が病んだらその影響は体に出るし、体が病んだ影響が心に現れることもある。しかも五臓それぞれに特徴的な感情や精神との結びつきがあると考えるので、例えば心臓が病んだときと肝臓が病んだときでは、現れる心の病は別である。普段の生活に照らしてみても、これはなかなか面白い考え方である。これについては後日詳しく説明する。

 

・人間が五感を使って人間を診る医学である

 東洋医学の診察は、ひとが感覚を使っておこなう。しかも五感を駆使する。ひとという存在は単純ではない。その複雑なひとを診るのに、単純な数値では計り知れないものがあることを重視しているわけだ。これこそが東洋医学の優位性でないかと考える。ひとがひとを診る医学、その最たるものが感覚を重視するということ。西洋医学の「恒常性」に対して、東洋医学は「流動性」を重視する。ひとの体はたえず変化しているもので、その変化を五感で感じ取る医学であるといえる。

 

・農耕民族的な考え方で、からだ=畑を耕して、病気にならないようにする

 東洋医学はもともと農耕民族の医学である。農耕というのは日々畑をコツコツと耕して収穫を待つ。同じように東洋医学はひとの体を畑にみたてて、日々耕すことを重視する、つまりこれが養生である。四季の過ごし方や生活習慣、食事、はたまたセックスまでが養生(「冬の過ごし方」を養生の具体的な例としてみてほしい)の対象となる。まず病気にならないことを重視する医学なのである。それが「未病」という考え方につながる。

 

・病邪が入り込んで来たら追い出す刺さない鍼_決定

 農耕民族的な考え方にもとづくと、病の原因が体に入り込んだときの対応も異なってくる。病の原因としての病邪(邪気といってもいい)は、殺すのではなく追い出すのだ。それがからだにやさしい治療ということにつながるのかもしれない。ただしこれは知っておいてほしいが、東洋医学にも副作用はある。「効く」ということの裏返しには、正しく使わないと体に悪くはたらく、つまり副作用が存在するということだ。

 

 

2.西洋医学と東洋医学の得意分野の違いを比較する


 

  西洋医学と東洋医学の考え方の違いをみてきたが、これをふまえて両医学の得意な分野について見てみよう。病気にはさまざまな種類があるからこそ、それぞれの特徴を活かせる分野とそうでないものがあることを知っておくべきである。これを知ったうえで両医学を使い分けることが、今後の医療の方向性として大切になると考えている。

 

2-1.西洋医学の得意な分野

・感染症の場合、病気の原因である細菌・ウイルスを特定し、それを殺す

 感染症、特に原因を特定することが可能になった場合、これに対して特効的な効果をもった薬によって殺すことは病気を素早く効果的に治す方法としてはもっとも有効なものとなる。したがってこの分野における西洋医学の優位性は揺るがない。

手術風景

・手術で骨を修復したり、傷口を縫合したりする外科手術は得意

 折れた骨を修復したり、傷口を縫合したりする技術においても、西洋医学は優位性を持っている。さらにいえば、壊れて使えなくなった関節を人工関節に置き換えることで歩行が可能になることもある。外科分野においては西洋医学の技術は優れている。ただしガンを切除したりすることがすべての場合に優位性を示すことになるわけではないことは、知っておくべきであろう。

 

 

2-2.東洋医学の得意な分野

・数値で測りにくい漠然とした不調など

 肩こりやめまい、倦怠感、さらにはやる気がでないといったような数値化しづらい漠然とした不調については、東洋医学の優位性を認めざるをえない。ときに西洋医学ではこれらの数値化できない症状を精神的な病としてとらえることさえある。ところが東洋医学では上述したように心と体はひとつであると考えるので、そういう意味においてもこれらの病を扱うことに適しているといえる。

 

・原因が特定しにくい不調

 西洋医学は原因が特定できなければ治療法が存在しえないが、現状では単なる対症療法があまりにも多い。それによって副作用を生み出しているといってもよい。痛みに対して原因も特定せずに与えられる鎮痛剤などはその最たるものである。一方で東洋医学の治療の方向付けは根本的に異なっている。それは簡単にいうとタイプ分けである。カテゴリー毎にいろいろなタイプを想定して治療方法がすでにできあがっており、そのなかから治療法を選択する。だからいままでに見たこともない病気にすら対応が可能となるのだ。これがある意味ではこの医学の特徴ともいえる。

 

・検査値で異常が出ない症状=37℃は超えてないけど何となく熱っぽい隔物灸

 その例として、体温計で測っても37℃以下なのに熱っぽく感じる場合をみてみよう。西洋医学の基準では、これは平熱として扱われる。だが東洋医学にはこれを病としてというより体のバランスの崩れた状態として把握する理論がある。

 体の熱と冷えはバランスが取れることで成り立っている。体を冷やすのは「水」の役割だ。この水が不足すると冷やす作用が衰えるために「ほてり」という弱い熱を感じるようになる。これが平熱なのに熱っぽいという症状に対する東洋医学のとらえ方だ。これも立派な病気である。あなたがなんとなく怠くてやる気が起きないというとき、東洋医学ではそれをキチンと病気としてとらえてくれるのだ。

 

次回は「日本の東洋医学について」。12/6に公開予定。

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