東洋医学ではどうやってカラダを診察するのか?(3)

四診の最初の望診とは、視覚的に観察することで心身の状態を診察する方法のことです。
東洋医学の古典である『黄帝内経』では、「患者さんをよく見ればかなりのことがわかる」といっています。
ではいったい何を見ればいいのでしょうか?
 
観察する要素としては、神・色・形・態の4つがあります。
見て診察するときには、この4つを頭において判断していきます。
 
神につていはちょっとわかりにくかもしれませんが、その他の色、形、態(動き)についてはほぼわかると思います。
それぞれについて、この後で詳しく説明していきます。
 
観察する対象としては、カラダ全体および症状のある局所の状態、汗や鼻汁、痰などの分泌物や大小便などの排泄物、舌などがあります。
 
望診は、患者さんが入室してきたときの歩き方や動作、面と向かったときの印象、顔の表情、目の輝きなどから始まり、単独で行われる舌診などのほか、他の診察中にも並行しても行われる診察法です。
 
まず今回は神・色・形・態のうち神についてみていきましょう。
 
 

1)神ってなに?

神とは、ひとことで言えば、生死の判断といっていいでしょう。
 
『素問』移精変気論のなかに「得神者昌、失神者亡」(神を得れば昌え、神を失えば亡す)という記述があります。
また『霊枢』天年篇には「失神者死、得神者生也」(神を失う者は死し、神を得る者は生きるなり)と書かれていて、神の有無が生死に関係することがわかります。
 
それでは、あれば生き、なくなると死んでしまうという”神”とは、なにを意味する言葉なのでしょうか?
教科書的には広義と狭義の2つの意味があるとされます。
まずはそちらから紹介しましょう。
 
広義の神は、生命活動が外部へ現れたもの。
つまり意識状態、顔の色艶、眼光、言葉の応答、カラダの動きなどにあらわれる生命活動のことです。
ひとことで言えば、イキイキしているかどうかですね。
 
 
一方、狭義の神は、精神、意識、思惟活動などを統率するもの。
いわゆる精神状態がシッカリしているかどうかです。
 
これらがいい状態であれば、生命的な予後は良い、つまり命に別状はないし、病気があってもそれなりに治ると判断していい、ということです。
 
 

2)どこで判断するの?

ところで、古代中国における診察法の記述をみると、診察の基本は”色脈”であると書かれています。
色は面色(古代では顔というと額のことなので、いまの顔全体を指すのは面になります)、脈はふつうは手首の脈(それ以外でもいろいろなところで診ていました)です。
 
ただし面色というように、顔面部で診察するのは色ですね。
もちろん色といっても、ただ何色なのかというだけではないのですが、そのあたりは次回。
 
では神はどこで診るのかというと、基本は”目”のようです。
眼光が鋭い、目力がある、目が輝いているなど、目からいろいろなことがわかります。
目で生死の判断をするわけですから、何となく目が輝いているかどうかだけを見るのではありません。
 
 
目のなかを細かく分けて、それぞれどこが問題なのかを対応させて考えたりします。
具体的には、骨は瞳孔、筋は黒眼、血は血脈(白眼にある血管のこと)、気は白眼、肌肉はまぶたです。
 
また古典のなかには、
五蔵六府之精気、皆上注於目、而為之精。(五臓六腑の精気はみな上りて眼にそそぎ、これが精となる)
という記述があるように(『霊枢』大惑論)、目で精気の状態を推し量るわけです。
 
もちろん基本的には生死の判断ですから、そのひとから受ける全体的な印象のようなもの(「何かへんだなぁ」といったようなこと)もとても大切になります。
 
 

3)なにがわかるの?

それでは神の状態でなにがわかるのでしょうか?
 
もちろん大前提として、生命的な予後がわかります。
簡単にいうと、良くならずに死んでしまうか、良くなって命を長らえるかということです。
 
病気というのは、症状が激しいから治りにくいかというと、そういうものでもありません。
痛みが軽いから治りやすいかというと、そんなことはないのは皆さんも経験的によくご存知でしょう。
 
この”神”という概念を使えば、神があれば(これを有神といいます)症状が激しくとも治りやすく、神がなければ(これは無神といいます)症状が軽そうにみえても治りにくい、ということになります。
 
神と五臓の関係としては、下のような記述もあります。
心者、五蔵六府之大主也。精神之所舍也。其蔵堅固、邪弗能容也。容之則心傷、心傷則神去、神去則死矣。(『霊枢』邪客)
(心は、五臓六腑の大主なり。精神の舍(ヤド)るところなり。その臓堅固なれば、邪は容ること能わざるなり。これ容れば則ち心を傷る。心傷るれば則ち神去る。神去れば則ち死す)
 
意味は、神は精神の中心的統括的な存在で、この心に邪が入り込む(ここでは病気一般を指していると考えてイイでしょう)と、神が去って死んでしまうと、ということです。
 
それからついでにもうひとつ。
『霊枢』九針十二原というところに、ツボとは何かという記述があります。
そこに神気という言葉がでてきます。
 
所言節者、神気之所遊行出入也。非皮肉筋骨也。
(言うところの節(ツボのこと)とは、神気の遊行出入するところなり。皮肉筋骨にあらざるなり。)
ツボとは神気が出入りするところで、皮肉筋骨のことではない。
 
神という概念、ちょっと難しかったかもしれませんが、何となくでもご理解いただけたでしょうか?
では、また次回。
 
———-

< オンラインセミナー随時受付中 

当協会では、オンライン講座をご用意しております。
東洋医学の基礎からツボ、発酵、低糖質の理論、低糖質スイーツのつくり方まで、すべてオンライン動画で学べます!
ベーシックコースは10講座で42,000円(税別)
アドバイザーコースは11講座で100,000円(税別)
ベーシックコースとアドバイザーコースの同時申込みは下記の割引き受講価格になります。
 一括払いで120,000円(税別)、分割払いは13,200円(税別)×10ヶ月
詳しくは ≫ こちら

 

 

 

< 治療が楽しくなる鍼灸師を目指して! 

本ブログの執筆者島田 力が講師をする「やりなおし鍼灸治療学」を随時募集しています。

オンライン動画でスマホ・タブレット・パソコンで視聴できるのでいつでもどこでも学べます。
テキストは講師も執筆をしている『新版 東洋医学概論』(東洋療法学校協会編)

申込み後、すぐに動画視聴がスタートできます。

興味のある方は、下のバナーをクリックしてホームページをご覧ください。

やりなおし鍼灸治療学

Back to Top ↑