東洋医学エピソードシリーズ5「拒食症」

 今回は神経性食欲不振症、いわゆる拒食症の女性のお話です。

 以前お話しした往診専門のクリニックで治療させてもらった患者さんです。

 鍼灸治療院にはなかなか受診にこられない重症度の高い患者さんでした。

 

1.こんな身体で・・・


 

 彼女の年齢は、確か30歳だったと思います。1271bb663b6751dfa5a256418c9db9cf_s

 高校の頃に友人に太っていると言われたことをキッカケに拒食症になり、私が初めて拝見したときは身長が156cmで体重28kgだったと記憶しています。

 主治医は、「ほんとうは在宅で診られるレベルではなく、命も危険な状態だが、本人が入院を拒否しているので…」と言っていました。

 医師の勧めで試しに鍼灸治療を体験してみることになり、お宅へ伺いました。

 彼女の部屋に案内されドアを開けた途端、私は一瞬言葉を失いました。「ほんとうに骨と皮だけしかない」という印象です。その皺が多い顔は、実際の年齢よりもかなり上に見えました。

 

2.「身体中が痛い」


 

 気持ちを落ち着かせ、問診を始めました。

 「いまいちばんツラいことはなんですか?」と聞くと、

 「とにかく身体中が痛いんです」と彼女。

 「具体的に痛いところを全部教えてくれますか?」と言うと、

 「頭、首、肩、手首、お腹、背中、腰、お尻、大腿、膝、脛、足首など全身」と言います。

 初診ですし、体力的にも鍼をこれら全部位に刺す訳にはとてもいきません。なかでも特に痛いところ数か所を選んで鍼を刺そうとしますが、なにせ肉が全くといっていいほどないので、勝手が違います。鍼を刺すとすぐ下が骨なんですから。

 体幹部以外は鍼が立ちません。これはダメだと思って、接触鍼(刺さない鍼)とお灸中心の治療に切り替え、特に痛い部位数か所に鍼を刺し、治療を終えました。

 

3.「お母さーん!」


 

3af0d359b1068939b54a960ca00afc8e_s 「今日の治療はこれで終了です。少しでも効果があるようなら続けてみましょうね」というと、

彼女はいきなり立ち上がってドアのところまでヨロヨロと歩いて行き、階下の母親に向かって「お母さーん」と叫びます。

 私が驚いてその様子を見ていると、

 「凄いよ鍼って、痛いところがほとんどなくなっちゃった」と大声で叫ぶのです。

 「えっ、痛いところがほとんどなくなったの?」と聞き返すと、

 「先生、凄いよ。あんなに痛くて仕方なかったのに、もうほとんど痛くないんだから・・・」と。

 私はホッとしたと同時に、私のこんな情けないたった一回の治療でも効果が出せる鍼灸の凄さに、感動すらしていました。

 その後、彼女は毎週治療を継続し、体重は徐々に増え、幾度か悪化と寛解を繰り返しながらも、ひとりで自転車に乗れるくらいまで回復し、私がクリニックでの診療をやめたのを機会に後輩の鍼灸師に治療を引き継ぎました。

 治療院では決して診ることができない患者さんの、貴重な治療体験でした。

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