前々回は心について説明した。五臓の3つ目は“脾”について前回同様に三つに分けて説明する。
一つめは「はたらき」。脾がどのような臓で、どんなことをしているのかについて。
二つめは「脾のグループ」。脾という臓と関連が深いからだの部分や精神に関すること。
三つめは「病」。脾に関連して生じる病について。
五臓は東洋医学のなかでももっとも重要な内容なので、しっかり理解してほしい。
目次 |
1.脾のはたらき |
1-1.脾ってどんな臓? |
1-2.消化・吸収にかかわる |
1-3.血がもれないようにする |
2.脾のグループ |
3.脾の病 |
3-1.運化がうまくいかなくなると… |
3-2.出血傾向になる |
1.脾のはたらき
それでは脾のはたらきからみていこう。
脾はひとことでいうと消化・吸収にかかわる臓といえる。六腑のひとつである胃とともに食べものを吸収して消化し、からだに必要なものをつくる。五臓はすべて大切だが、脾は生きていくために欠くことができない大切な臓なのだ。
もちろんこれまで説明してきた肝や心と同様に、脾という臓のはたらきや脾と系統的につながっている、あるいは関連して影響がでるからだのいろいろな器官あるいは精神なども含めた考え方全体を指して“脾”といっているのは当然である。
1-1.脾ってどんな臓?
まず脾という臓はどんな臓なのかについてみてみよう。
・五行では“土”に属する
脾は五行では土に属する。第5回で学んだように大地にタネをまいて収穫することから、ものを生み出し変化させるというイメージだ。季節では土用または長夏。
季節についてすこし説明をくわえると、“土用”というのは四季にそれぞれある。夏の土用だけウナギとむすびついて有名だが、じつは四立という立春、立夏、立秋、立冬の前の約18日間がそれぞれの季節の土用。つまりこの土用が終わるとつぎの季節に変わるということ。
そういう意味では土だけほかの四つの行とすこし違うのだ。それは方角にあてはめるとわかりやすい。木は東、火は南、金は西、水は北で土は中央になる。中華思想にもあるように中央はもっとも大事だということになるので、脾は五臓のなかでも別格に重要視されている臓でもある。
ついでに“長夏”という季節は中国に特徴的なもので、夏のあと秋のまえにあり、暑くて雨の多く湿度の高い季節だ。古典によって土にあてはめる季節は、土用と長夏の2つの立場がある。
・重さやかたち
重さやかたちについて前々回も紹介した『難経』(四十二難)という古典のなかに次のように書かれている。
「脾は重二斤三両、扁広三寸、長五寸、散膏半斤あり。血を裹(ツツミ)み、五蔵を温むるを主る。意を蔵するを主(ツカサド)る」(重さが二斤三両、幅が三寸、長さ五寸で散膏(津液、つまり水のこと)半斤あり。血を裹(ツツ)み、五蔵を温むるを主る。意を蔵するを主る)。
血をつつむというのは、血が漏れないようにする脾のはたらきをいっている。脾は現代医学的には膵臓のことを指しているのではないかといわれている。
・乾燥を好み、湿気をきらう
脾は乾燥を好み、湿気をきらう性質がある。つまりからだの中も外も水が多い状態を好まないということ。だから水分を取りすぎたり、湿度が高い環境ではたらきが悪くなるのだ。脾のはたらきは消化と吸収がメインだから、水のせいで消化の力が落ちたりするということ。
例えば梅雨。ふつうは湿度が高いのでものが腐りやすくなり、食中毒が起こると考えるが、脾が湿の影響を受けて弱っているので、消化がうまくいかないという考え方もできる。
そういう意味では消化の負担をかけないような生活をする(食べすぎや飲みすぎを避ける)のが梅雨の過ごし方ということになる。
1-2.消化・吸収にかかわる
・食べものを水穀の精微に変える
脾は消化・吸収にかかわるたいせつな臓だと書いたが、食べたものは脾のチカラで水穀の精微に変わり、それが気や血のもとになる。この過程を専門的には“運化”という。
水穀の精微は以前に第7回で説明したとおり、食べものがからだにはいるとこの水穀の精微になり、それが血やいろいろな種類の気になるのだった。だから脾は“気血生成の源”ともよばれるのだが、血や気をつくるのは脾のはたらきだということができる。
・水穀の精微を運ぶ
脾が食べものから作りだした水穀の精微は、まず肺や心に運ばれる。これも脾のはたらきだ。その後、気・血・水・精になって全身をめぐるのだ。
肺や心は脾よりも上にある臓なので、脾は水穀の精微を上に持ち上げているわけ。これを“昇清”というが、清は水穀の精微のことで、脾は上昇という気の方向性をもっているのだ。つまりものを上に持ち上げる力があるということ。
このことから、脾には下垂に対する効果があるとも考えられている。胃下垂、子宮脱などの臓器の下垂や下痢、倦怠感などもこの力が低下することによって起こるのだ。
女性が気にする加齢によるさまざまな下垂には、脾のちからを高めるのがいい?!
1-3.血がもれないようにする
・血が脈からもれないようにする
第11回に学んだ肝は血をためておき、それをどのくらい心に送るかをコントロールしていた。前々回学んだ心はその肝から送られてきた血を全身にくまなく行きわたらせるポンプの役割をしていた。
今回の脾は、血が流れている脈(血管)から漏れないようにするはたらきがある。これを専門的には“統血”という。不必要な出血を防ぐという意味だ。これはもともと気のはたらき(専門的には“固摂”という)でもある。
ぶつけた記憶もないのに青タンができていたり、生理の出血が止まらなかったりする方は、脾のちからが弱っているということになる。
2.脾のグループ
脾は単に脾のはたらきという意味ではないのは前に書いたとおり。脾に関連するからだのいろいろな部位、あるいは精神をも含めた系統を意味するグループ名のことだ。
脾のグループで重要なものは口・涎・肌肉・唇・意・思・甘などである。それではひとつずつみてみよう。
・口・涎
口は飲食物の出入り口なので脾と関係が深い。脾の働きが正常なら、食べたものを美味しく感じることができるし、口が苦かったり、口の中が粘ったりしない。食欲に関しては、異常に食欲があるのも、逆に食欲がないのも脾の問題ということになる。
また涎は口内をうるおす液で、やはり脾と関係が深いので、脾が正常なら口の中を適度に潤すことができるというわけ。
・肌肉・唇
肌肉(キニク)とは、体表に接している筋肉のこと。手足を動かしたりすることにもかかわっているが、どちらかというと「肉づき」に近いイメージ。つまり太ったり痩せたりにかかわる部分だ。
このほかに東洋医学用語で“筋”というのがあるが、これはどちらかというと腱に近い。からだを支えるイメージで、これは肝と関わりが深い。
唇もこの肌肉の一部と考えるので、脾の状態を反映している。唇が腫れたり、切れたりするのも脾の問題。唇の色やツヤが悪いのは、脾の状態が悪いということ。もっとも口紅というベールがあるので、診断が難しいが・・・(笑)。
・意・思
意とは「おもう」とか「おぼえる」ということで、単純な記憶や思考を含んだこころのこと。これがダメになるとこころが落ち着かなくなり、考えがまとまらなくなる。
思とはものごとを工夫して考えるこころのこと。「思則気結」(思えばすなわち気 結す)といわれ、思いわずらったり考えすぎたりすると気の流れが停滞し、脾にダメージを与えるということ。
簡単にいうと、恋煩いで食欲がなくなり、なにもする気が起きないというようなことだ。
・甘
薬膳的にいって脾と同じ五行に属する味が“甘”だ。甘い味には、からだに不足したものを補ったり、調和させたり、緩めたりするはたらきがある。
適度にとれば脾や胃を調節してくれるが、とり過ぎると脾のはたらきが低下したり、肌肉がゆるんだり(からだに緊張がなくなる)する。
甘味は五味のなかでもっとも多い味なので、とり過ぎにはくれぐれも注意するべきだ。
3.脾の病
脾という臓、あるいは脾のグループに関連しておこる病について説明する。
3-1.運化がうまくいかなくなると…
・運化がうまくいかないと…
結果としては食欲がおちる。ひどい場合には吐き気や下痢などの症状が現れる。
そういう場合にはどうすればいいかというと、脾胃を休ませてあげることだ。つまり食べないこと。以前にも書いたが、食欲がないということは「食べるな」というからだのサイン。そこでムリに食べるとよけいに胃腸に負担をかけてしまうから食べないのがベスト。ただし、適度に水分は取った方がいい。
・消化・吸収の不調
消化・吸収がうまくいかないと、気や血が十分につくれなくなる。気は生きるためのエネルギーだし、血はからだの栄養だった。だから気力もわかないし、全身がだるかったり、疲れやすかったりするようになる。
・水が動かなくなる
脾が不調になるとからだのなかの水の動きも悪くなる。そのため余分な水分がからだに停滞してむくんだり、痰がでたりする。
3-2.出血傾向になる
・血がもれる
脾は血が不必要にもれるのを防ぐはたらきをしていた。統血という機能だ。これがうまくいかなくなると血が脈管からもれるため、鼻血や皮下出血、生理の出血が止まらないなどの症状が出現する。
第1回「東洋医学を正しく理解するために必ず押さえておくべきポイント その1」
第2回「東洋医学を正しく理解するために必ず押さえておくべきポイント その2」
第3回「東洋医学を正しく理解するために必ず押さえておくべきポイント その3」
第6回「ほんとうの自分の干支を知っているひとは意外に少ない?!」
第7回「東洋医学を正しく理解するために絶対に知っておくべき気血水のはなし その1」
第8回「東洋医学を正しく理解するために絶対に知っておくべき気血水のはなし その2」
第9回「東洋医学を正しく理解するために絶対に知っておくべき気血水のはなし その3」
第10回「東洋医学を理解するためのキモ、五臓六腑 その1」
第11回「東洋医学を理解するためのキモ、五臓六腑 その2」
第12回「東洋医学を理解するためのキモ、五臓六腑 その3」
第13回「東洋医学エピソードシリーズ1「鍼灸がこんなことに効くって知ってました?」」