鍼灸師である父のことを書いてきたシリーズ(第1回はこちら)も今回の第5回目が最終回です。
今回は父の患者さんとの関係について書いてみました。
8)患者さんとの関係
私は教員時代、鍼灸治療にも「医療面接」の要素を組み込むべきだと考え、そのための研究やテキストの執筆、教育に携わってきました。
医療面接というのは最近の医学教育でも導入されているのですが、簡単に説明すると、治療者は必要な医学情報を得るためだけでなく、患者さんとのコミュニケーションを大切にし、信頼関係を構築することが重要だという考え方です。
そういう視点で父の患者さんに対する態度を思い起こすと、マニュアル通りというわけではないのですが、言葉以外のコミュニケーション力(非言語的コミュニケーションといいます)はなかなかだったということがわかります。
ある時、治療中に患者さんがドアを開けて入ってきた気配を感じて、父が言いました。
「あっ、○○さん、良くなったみたいだなぁ」
「えっ」と私が聞き返すと、
「あのドアの開け方は元気になった証拠だよ」と言います。
事実、その患者さんは症状がとても改善していました。
患者さんと直接会って顔を見れば私にもわかったのですが、そのことについて後で聞いて見ると、「ドアの開け方や歩く音など、そういう細かいことを観察することでいろいろなことがわかるんだよな」と言います。
学校教育的な視点で見ると、父の再診のカルテはほとんど「特になし」と記されていましたし、神経学的な検査なんてまったくやりませんから「問題あり」かもしれません。
それに加えて、その日の最後の患者さんの治療が終わると、その方がまだ更衣室から着替えて出てくる前に冷蔵庫からビールを取り出して旨そうに飲み始める始末です。
しかし不思議に患者さんとの信頼関係は強固なものができあがっていました。
その理由は、父の治療に対する真剣さと、細かい観察、患者さんに対する優しい思いやりなのだと、いまになって思い至ります。
必要とあればどんなに時間が超過して後の患者さんが待っていてもとことん治療していましたし、悩みのある患者さんとは飲みに行って話を聞いてあげたりもしていました。
ですから亡くなったときに、何人もの患者さんが追悼文を書いてくれたりしたわけです。
私が言うのもどうかと思いますが、やはり臨床家としてもとても魅力的な人だったのだと思います。
9)おわりに
この原稿書くことで、父の臨床を通して自分自身の臨床を振り返る良い機会になりました。
父と同じようにはできませんが、尊敬する臨床家のひとりとして手本にしたいと改めて感じました。
最後に父の言葉を引用して、自分自身の鍼灸に対する想いを問い直してみます。
これは恩師である丸山先生のことについて書いた文章の最後に綴られた部分ですが、まさに父は一途に鍼灸を愛していたんだと思います。
「鍼灸の世界は、理論でも実践でもない、と思う。ただ一途に鍼灸を愛する人が、次々と出てくればいいのだと思う。」
(「恩師・丸山昌朗先生のこと」昭和56年5月30日)
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