
東洋医学エピソードシリーズ2 「肺癌末期の女性患者」
1.在宅での鍼灸治療
私は以前、往診専門のクリニックで医師と一緒に患者さんを診させていただいていた時期があります。
往診の患者さんは歩いて治療に来られない方がほとんどなので、重症度の高い患者さんが多いんです。脳卒中の片麻痺で寝たきりの方、ガンの末期で余命を宣告され自宅で最期を迎えようという方、慢性関節リウマチの痛みがひどくて歩けない方、交通事故で頚髄損傷になり頸から下が動かない方、統合失調(昔の精神分裂病)の方など、普通の鍼灸院では治療することのない方ばかりでした。
自分にとっても、鍼灸で何がどこまでできるのかへの挑戦でした。
2.90歳の肺癌末期患者
今日はその中の一人、90歳の肺癌末期の女性Bさんのことを書いてみます。
初診の主訴は坐骨神経痛でした。臀部から下肢にかけてイヤな鈍痛があり、痛み止めを服用しても症状に変化がないとのこと。
「トイレに行くにも往生するのよ」とおっしゃっていました。
鍼灸は初めてということでしたが、初回の治療でほとんど痛みがとれ、しかもからだの怠さも軽くなったということで、しばらく継続することになりました。
治療は週に1回です。Bさんは特にお灸の治療がお好きでした。
鍼灸をするとポカポカ温まる
その方は肺癌が全身に転移した最末期の状態でしたが、
「鍼灸をするとポカポカ温まってくるし、なんだか体が軽くなるのよね」
とおっしゃって、私が週に一度伺うのを楽しみにしてくれていました。
鰻が好物の江戸っ子気質のBさんは、「自分で用が足せなくなるくらいなら、死んだ方がましだ!」などとおっしゃる気丈な方でしたが、やはり少しずつ体が癌に蝕まれ、徐々に弱っていきました。
ある朝クリニックに立ち寄ると、Bさんの主治医から「島田先生、Bさんの鍼灸治療は今日が最後かもしれません」と言われました。
私が驚いて「えっ?」と聞き返すと、
「もう来週までは持たないと思います」とのことです。私は重い足取りでBさんのお宅へ向かいました。
家に上がると息子さんの奥さんが来ており、Bさんはあまり意識がない状態が続いているが、今朝話をした時に「今日は鍼の先生が来る日なんだ」と楽しそうに話していたということです。
治療のために脈を診ているとBさんは薄く目を開け、「ああ先生、ありがとう」と微笑み、またすぐに目を閉じてしまいました。
いつものように脈やお腹の状態に応じた全身調整の鍼と灸をし、治療をおえました。
帰りがけにお嫁さんが「母が大変お世話になりました。ありがとうございます」と挨拶されるのを聞きながら、これが最後の治療なんだと、とても寂しい気持ちになったのを覚えています。
尿量が減る?
翌週の朝クリニックに寄ると、主治医から「Bさんは持ち直しましたが、今日こそ最後でしょう」と告げられました。
私が気になって「患者さんの最期をどのように判断しているのですか?」と尋ねると、
「尿量です。導尿している尿の量が減ってきたら、最期が近いと判断します」とのこと。
「ですけど、不思議なことに前回の鍼灸治療の後に、尿量が増えて持ち直したんです」と言うのです。
「他には特別なことはしていないので、明らかに鍼灸の効果だと思います。島田先生、尿量が増えるような治療を何かしたんですか?」と医師。
「いやいつもの治療だけです。ですけど、全身の気血の流れが良くなれば、必然的に尿量は増えるんでしょうね」と答えました。
結局、その週の治療でもまた尿量が改善し、翌週の治療の数日後にBさんは逝かれました。
鍼灸で癌が治ったわけではありませんが、全身に対してこんな効果もあるんだと実感した経験でした。
在宅という医療現場は、人生の最期のときを自宅で迎えたいという患者さんを拝見する機会が多く、ふつうの鍼灸治療院ではお目にかかることが少ない末期の患者さんが多いのです。患者さんの「死」というものに慣れていない鍼灸師の私には、戸惑うことや精神的につらいことがたくさんありました。
UPした写真は刺さないタイプの鍼です。正気の弱っている方や刺激に敏感な方などに使います。
第1回「東洋医学を正しく理解するために必ず押さえておくべきポイント その1」
第2回「東洋医学を正しく理解するために必ず押さえておくべきポイント その2」
第3回「東洋医学を正しく理解するために必ず押さえておくべきポイント その3」
第6回「ほんとうの自分の干支を知っているひとは意外に少ない?!」
第7回「東洋医学を正しく理解するために絶対に知っておくべき気血水のはなし その1」
第8回「東洋医学を正しく理解するために絶対に知っておくべき気血水のはなし その2」
第9回「東洋医学を正しく理解するために絶対に知っておくべき気血水のはなし その3」
第10回「東洋医学を理解するためのキモ、五臓六腑 その1」
第11回「東洋医学を理解するためのキモ、五臓六腑 その2」
第12回「東洋医学を理解するためのキモ、五臓六腑 その3」
第13回「東洋医学エピソードシリーズ1「鍼灸がこんなことに効くって知ってました?」」
第14回「東洋医学を理解するためのキモ、五臓六腑 その4」