東洋医学を勉強したのに、なぜ臨床では使えないと感じるのか?
「学校では分かっていたはずなのに、患者さんを前にすると分からなくなる。」
そんな経験はありませんか?
鍼灸学校では、東洋医学についてかなりたくさんのことを勉強します。
陰陽、五行、気血津液、臓腑、経絡、八綱、病因病機、弁証……。
国家試験の前には、必死になって覚えた方も多いと思います。
ところが無事に国家試験に合格して、いざ患者さんを目の前にすると、「……で、この患者さんは何から考えればいいんだろう?」ってなったりする。
不思議ですよね。
勉強していなかったわけではありません。むしろ、かなり勉強してきたはずです。それなのに、教科書の中では分かっていた東洋医学が、患者さんを前にした途端に使いにくくなる。
私は、これは「勉強が足りないから」ではないと思っています。
学校で学んだ知識と、実際の患者さんを診るための思考。
この二つの間に、もう一つ必要なものがあるのではないでしょうか。
それが今回、この「学校から臨床へ」というシリーズで一緒に考えていきたい「臨床推論」なんです。
「疲れやすいんです」と言われたら、何を考えますか?
例えば、「最近、どうも疲れやすくて……」という28歳の女性が来院したとします。東洋医学を勉強してきた私たちなら、まず「気虚かな?」くらいは頭に浮かびますよね。
でも、ちょっと待ってください。
なぜ、気虚だと思ったのでしょう?
そして、本当に気虚なのでしょうか?
「疲れやすい」という情報だけでは、まだ分かりません。
そこで、いろいろ聞いてみたくなります。
いつから疲れるのか、朝から疲れているのか、夕方になると疲れるのか、動くと悪化するのか、休むと回復するのか。
食欲はどうか、食後に眠くなることはないか、便通はどうか、睡眠はどうか、月経はどうか、冷えやほてりはあるか。
聞きたいことは、いくらでも出てきます。
でも、ここで大切なのは質問の数ではありません。
大切なのは、「なぜ、それを聞くのか?」なんです。
質問の後ろには「仮説」がある
例えば、「食後に眠くなることはありますか?」と聞いたとします。
なぜ、この質問をしたのでしょう?
単に「疲労の患者さんには、食後の眠気を聞くことになっているから」ではありませんよね。
東洋医学であれば、食欲や食後の状態、便通などの情報と合わせて、脾の運化という視点から考えるきっかけになるかもしれません。
一方で、食事内容や食事時間、食後の血糖変動など、栄養・代謝の側から確認したいことが出てくるかもしれません。
つまり、一つの質問の後ろには、「この患者さんの身体では、何が起きているんだろう?」という仮説があります。
そして患者さんの答えによって、その仮説が強くなったり、弱くなったりする。
場合によっては、「どうも違いそうだな」と仮説そのものを捨てることもあります。
これが臨床ではとても大切なんです。
問診票を全部埋めても、患者さんが分かるとは限らない
問診項目をたくさん知っていることは、もちろん大切です。
でも、問診票を上から順番に全部聞いたからといって、患者さんの状態が理解できるとは限りません。
先ほどの28歳の女性に、もう少し話を聞いてみましょう。
「朝はあまり食欲がなくて、コーヒーだけです」
「昼は仕事が忙しいので、パンで済ませることが多いです」
「夕食はだいたい21時を過ぎます」
「最近、夜中に何度か目が覚めるんです」
さて、どうでしょう。
最初の「疲れやすい」という一言だけを聞いたときより、ずいぶん患者さんの姿が見えてきませんか?
睡眠の問題が大きいのか、食事の問題があるのか、脾の運化を考えるのか、気血の不足を考えるのか、仕事上のストレスや情志との関係はどうなのか。
あるいは、これらがいくつか重なっているのかもしれません。
ここで必要なのは、症状を一つずつ「これは○○証」と分類することではありません。
集めた情報を、どうつなげるか。
そして、「では次に何を確認すれば、この仮説をもう少し確かめられるだろう?」と考える。
ここから、問診が単なる情報収集ではなくなってきます。
「証を当てる」ことが目的になっていませんか?
東洋医学を学んでいると、つい「この患者さんの証は何だろう?」と考えたくなります。
もちろん、弁証は重要です。私も臨床では当然考えます。
ただ、最初から一つの証に決めようとすると、少し困ったことが起こります。
例えば、「疲れているから気虚だろう」と最初に決めてしまったとします。
すると、「食欲は?」「便は?」「冷えは?」と、知らず知らずのうちに「気虚であることを確認するための質問」ばかりしてしまうことがあります。
人間ですから、自分が最初に考えたことに合う情報を集めたくなるんですよね。
でも、本来は逆ではないでしょうか。
まず患者さんの話を聞く。
四診から情報を集める。
そこから、「気虚の可能性がありそうだ」「でも、血虚も考えたい」「痰湿はどうだろう」「睡眠の影響も大きそうだ」「食事内容を見ると、栄養・代謝の側からも確認したい」と、いくつかの仮説を持つ。
そして質問や四診によって、その仮説を比較し、修正していく。
最初から正解を当てるのではなく、考えながら絞っていく。
私は、この過程こそ臨床ではとても大切だと考えています。
「脾は運化を主る」を知っているだけでは、まだ臨床では使えない
例えば、「脾は運化を主る」。
これは東洋医学を学んだ人なら、よく知っている言葉です。国家試験でも重要ですよね。
では、臨床ではどうでしょう。
「この患者さんのどの情報から脾の機能低下を疑ったのか?」
「それを確認するために、次に何を聞くのか?」
「脾だけで、この患者さんの状態を説明できるのか?」
「他の臓腑との関係はどうなのか?」
「食事や生活習慣という別の視点から見ると、何が見えてくるのか?」
ここまで考える必要があります。
つまり、「脾は運化を主る」という知識を覚えていることと、その知識を使って患者さんを考えられることは、同じではないんです。
学校で学んだ知識が、臨床で「使える知識」に変わる。
その間をつなぐものが、私は臨床推論だと思っています。
東洋医学だけで考えなくてもいい
このシリーズでは、東洋医学の知識をもう一度教科書のように解説することを目的にはしていません。
それよりも、
患者さんの何を見るのか。
何を聞くのか。
なぜ、それを聞くのか。
そこから何を考えるのか。
そして、次に何を確認するのか。
そんな臨床での「考え方」を、一緒に整理していきたいと思っています。
そして、もう一つ。
私は、患者さんを東洋医学だけで考える必要もないと思っています。
例えば、先ほどの「疲れやすい」という患者さん。
東洋医学では、気血津液や臓腑、寒熱、虚実などから考える。
同時に、何を食べているのか、きちんと消化・吸収できているのか、エネルギーを作れているのか、血糖調節はどうなのか、睡眠はどうなのか、ストレスの影響はないのか。
そんな栄養や生理・代謝の側からも考えてみる。
すると、東洋医学だけで見ていたときとは、また違った患者さんの姿が見えてくることがあります。
ただし、ここで気をつけたいことがあります。
「脾=消化器」
「肝=自律神経」
というように、東洋医学の概念と現代医学の概念を単純に置き換えるわけではありません。
それぞれ成り立ちの異なる体系です。
だからこそ、同じ患者さんを見るための「異なるレンズ」として使う。
私は、そんな使い方が臨床では役に立つと考えています。
明日の臨床で、一つだけやってみてください
ここまでいろいろ書いてきましたが、いきなり全部やろうとすると大変です。
なので、まず一つだけ。
次に患者さんへ何か質問するとき、自分自身にこう聞いてみてください。
「私は、なぜこの質問をしているんだろう?」
例えば、「眠れていますか?」と聞く。
そこで終わらず、なぜ睡眠を聞いたのか。
「眠れていません」と答えたら何を考えるのか。
反対に「よく眠れています」と答えたら、自分が最初に考えていた仮説はどう変わるのか。
そこまで、ほんの少し考えてみる。
これだけでも問診は、「聞くべき項目を聞く作業」から、「患者さんの状態を考えるための作業」へ変わり始めます。
「何を聞けばいいのか分からない」
実は、この悩みはとても重要です。
なぜなら、「何を聞けばいいのか分からない」ということは、その一つ前の、「何を考えればいいのか分からない」という問題が隠れていることがあるからです。
だとすれば、質問項目を100個覚えることが解決策ではないかもしれません。
では、患者さんを前にしたとき、私たちは何から考えればいいのでしょうか。
次回は、「患者を前にしたとき、何を聞けばいいのか分からない」をテーマに、もう少し具体的に考えてみたいと思います。
あなたなら、「疲れやすい」と訴える患者さんに、まず何を聞きますか?
そして、なぜ、その質問をしますか?

